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磯崎新さんが、近代建築はユートピアを目指してきたが、 1968年文化革命はそれを白紙にしたと言っていた。 それが、磯崎さんの空虚として都市論(*これを、理解するのものちの課題)へと繋がる契機となるそうなのだが。 今、読み込んでいる、原広司「空間〈機能から様相へ〉からの引用。 ---本書の「均質空間論」は68年を頂点とする文化運動を背景にした論である。これをもって、〈近代建築は終った〉と言えると私は考えている。 近代建築の終息地点を示す、根拠についての考察は、のちの課題として、 そもそも、〈文化運動〉ってなんなのさ。 というところから、理解しなくちゃならない。 1968年と言えば、5月革命やプラハの春、文化大革命、ベトナム戦争反対運動、数々の学生運動、労働者運動があった激動の1年だったらしく、 もちろん私は生まれてないし、うちのパパは高校生である。 原さんの文化運動には、それらすべての世界的な世論の爆発やうねりを包含しているとして、磯崎さんの文化革命という言葉にも、もちろん広義の意味もあるであろうが、 中国のそれを名指ししているようにも思えてくる。 その方が、中国へ建築的視座を拡大している、磯崎さんらしい思考と考えたい。 >> 文化革命とは、(参考、引用wiki) 中国で1960年代後半から1970年代前半まで続いた、封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しようという運動。 大躍進政策の大失敗により国家主席を辞任して以降、共産党指導部内での共産主義が修正主義へと後退したと危機感を深めた毛沢東が、国家の路線と権力を再び自らに取り戻すために仕掛けた大規模な権力奪還闘争としてとらえられることが多い。 政治・社会・思想・文化の全般に渡る改革運動のはずであったが、実際にはほとんどの中華人民共和国の人民を巻き込んだ粛清運動として展開され、結果的に約1,000万人以上(実数は不明)と言われる大量虐殺とそれに伴う内戦へと発展、国内は長期間にわたる混乱に陥った。 大衆の間で絶大な支持を受け続けていた毛沢東が、民衆を煽動して現政権内の政敵を打倒するという、一般の革命とは一線を画すクーデターである。 また極端なマルクス主義に基づいて宗教が徹底的に否定され、教会や寺院・宗教的な文化財が破壊された。特にチベットではその影響が大きく、仏像が溶かされたり僧侶が投獄・殺害されたりした。 文化大革命は、実際に社会主義理念をめぐる対立に由来するものであり、それゆえ、表面的にはともなく深層においては現代中国を呪縛しつづけているのであって、文化大革命が提起しながら未決着のまま残された課題は多く、今後、中国の社会主義の動向、とくに民主化をめぐってその課題は再燃するであろうと予測しているひともいる。 >> 胡錦涛国家主席が今日、帰っていった。 今年はオリンピックイヤー。 突発的に(私にはそう思った)起こった、フリー・チベットなる運動。 京都の古刹や銀座や秋葉原に溢れる、中国人富裕層にげんなりするだけじゃなくて、 中国の抱える、闇と光、危険と可能性を、もう少し勉強しなくてはな、 と思ったのでした。
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